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雨の庭、ドビュッシーの「版画」より

人生回り道をしている元受験生、現医学生が、思うことをつらつらと。

紫煙に寄せて

雑記。

 

朝はほぼ毎日珈琲を飲んでいる。

カフェインに耐性ができているので、朝でも夜でも気にせず珈琲か緑茶は飲むことにしている。

 

珈琲を飲むとき、半年前までは、欠かさず煙草を吸っていた。

 

 

煙草をやめて二ヶ月になる。

およそ、三年間吸っていたそれに、あの震災から四年の日、旅先のバーカウンターで別れを告げた。

 

あの震災から、私の森羅万象への見方は変わってしまったから、というのも一つの理由なのだが、今ここでは語るまい。

 

 

禁煙者ばかりの家庭で育った私が、何故煙草に手を出したか、理由は特にない。

むしろ、十代の頃は、煙草なんてものは、不良か盆暗が、大人の監視をくぐり抜けてコッソリやる、どちらかといえば厨二的な、少なくとも賞賛される行為ではないと思っていた。

まして、管楽器を本気でやっていた私が、呼吸が臭くなって肺に悪いそれに手を出すとは、つゆも思っていなかった記憶すらある。

 

ええと、では私は何故?

 

今、言えることがあるとしたら、失恋や転学や仕事やらで自我を見失っていた時に、何か、自己と対話する機会を、無意識中に求めていたのだろう。

 

煙草の良さ、は、喫煙者以外には理解されない。当然だ。

いや実の所、喫煙者とて、初めは美味しいと思ったりして煙草を始めた人間などいないかもしれない。

 

煙草は臭い。

美味しい酒肴を頂いても、背広にこびりついたあの臭いを嗅ぐだけで、すっかり余韻も冷めてしまうし、それを洗濯する側になると一層気が滅入る。

自分の口ですら、煙草を吸うと病的な臭いになる。ましてや葉巻だと、タールで舌が黄色く変色するのだ。

煙草を吸うたびに歯磨きをしていた。実に滑稽な様である。

 

煙草は嫌われる。

臭い、不健康、否定的イメージなどと相まって、基本的に日本では煙草あるいは喫煙者は嫌われる。少なくとも褒められた存在にはなりえない。

それは、当の喫煙者自身が一番知っているし、だからこそ、細君からの愚痴を背中に受けながら、ベランダで、世のホタル族達は懸命に火を灯すのだ。

 

煙草は金がかかる。

財務省(と言う名の、マネーヤクザ)がたばこ税を値上げして以来、一層煙草代は懐に痛い。

私が小学生時代に覚えている煙草は、200円かそこらであった。比較的不良の多い地域だったので、まだ年齢確認もない自販機で、中高生がコソコソと買っていた時代である。

まだ缶ジュースは当時のままの120円やそこらだが、この15年余で、煙草は倍額になった。当時煙草を密かに楽しんでいた彼等は、今や高額納税者であろう。

煙草を止めようともがいていたころ、煙草を我慢するごとに、五百円ずつ貯金していた。諭吉の顔を拝めたのは、案外間も無くであった。

 

煙草は健康に悪い。

何を今更、言わずもがなである。

わたしが旅先でキッパリとやめたのも、医者を生業とせん者としての、自覚によるところが大きい。

四国の田舎の医学部ですら、喫煙に対しては、当局は寛容ならざるということを、図らずも知ったのである。

 

と、こうして、煙草を吸わない理由をあげてきたのだが、では何故人は煙草を止められぬのか。

 

おそらく、それが、緩慢な自傷だからかもしれない。

煙草を吸うたびに、財布と身体は痛み、将来にツケを回していく。これは過ぎた酒飲みも然りだが。

 

しかし、今、それを加えて火をつけるだけで、目の前の、ごく近視眼的な悩み、苦しみ、明日への不安からは、一瞬、解放されるのである。

 

そうした時、人は、ほんの数百円で手に入る現世利益を、みすみす諦められるほど、強くはないのかも知れない。

 

医療経済学でいうところの、アディクション(中毒)である。

このツケ払いの病理は、飲酒、喫煙、ギャンブル、(身体的な)自傷、過食‥など、あらゆる(広義の)自傷行為にあてはまろう。

 

経済学でいうところのリスクとリターンを、正しく認識して、それを行動に反映できるほど、人間は強くも賢くもなさそうである。

誠に、ホモ・エコノミクス万歳、といったところ。

 

‥、と煙草を貶しに貶してきたが、煙草のお陰で、なんとか現実から適宜目をそらしつつ、ここまでうまく切り抜けてくることができたのも、また事実である。太陽と、病と死と、困難な現実は、あまり見続けてはいけないのだ。

 

また、煙草に火を灯すとき、先から漂う紫煙と、ほんのり闇を照らす火に、人は原始的な安心感を覚えずにはいられないのかも知れぬ。火を得たことが、猿の親戚を人たらしめる第一歩であったことのように。

 

また、煙草を咥え、指で挟むのは、もしかすると、乳房への憧憬なのかもしれない。フロイトを引くまでもなく、我々の口唇そして手指はいつも、遠く過ぎ去った母親の影を、無意識で追い求めているのだろう。

 

しかし、どうも私は、煙草に長い別れを告げねばならぬと思う。

若き日の喧嘩相手を許すまでに時間がかかるように、当分会わぬことが必要なのだ。

それが、医療道徳とは、(ごく少数の終末期医療の現場以外では)決して相容れないものであるから。

 

喫煙への誘惑に悶絶するたびに、医療者たらんとする自己と、紫煙をインスピレーションの源にせんとする、下手な物書きとしての自己が、葛藤を繰り広げるであろう、とおもいつつ、筆をおく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風の音に

初めての記事がこんなのでいいのかな、と思いつつ。

久々に、天気図に台風を見た。
五月としては異例の、強い台風だという。

子供の頃、台風は、怖くもあり、また楽しみでもある、非日常な体験だった。
祖父の家に、超大型台風がくるその夜、泊まった。確か、5歳、6歳くらいの頃だと思う。
築30年余りのその家は、その当時でさえ相当古びていたが、不思議と、風には平静を保っていた。
雨戸が音を立て、小さな庭の木々の間を風が通り抜ける音を、怖いと思いつつ布団に絡まりながらも、どこか楽しんでいたあの頃。
翌日、空が晴れて、太陽が照りつける中、屋根から落ちて割れてしまったソーラー温水器の片付けをしていた祖父母の姿。その傍らで、割れてしまった事に驚きはしゃぐ私。とんだ孫だったことだろう。

さて、そこから20年近い時を経て、私は(今置かれてる社会的身分を除けば)名も実も大人になった。祖父母の家はその直後に、二階建ての立派なものに建て替えられ、往時の面影は、庭の鯉達と、金柑の木くらいである。

今、台風の夜に、あの頃の怖くも悦ばしい、わくわくする気持ちを持てるか?といえば、否である。
大人になるということの意味を考えた時に、その一面は、何かを得て、それを体系化していくことだろう。
知識、世間あるいは他者に対する態度、世界に対する認識。

そういったものが無かったからこそ、風の甲高い音や、木々の擦れあう音に、好奇心を抱いていられたのであろう。

今ならば、台風の起こるメカニズムや、それによってどれだけの人々が(見えると見えざるとに関わらず)苦労を被るか知っているし、台風を喜ぶということが、学生や疲弊した会社員でもなければ、どちらかといえば奇矯な振る舞いであるということを知っているし、吹き付けるその風によっても、幸い木造二階建てほ我が家はビクともしない、ということを知っている。
知っている、あるいは知ってしまった。

知ること、それ自体は、基本的には人間として生きるのに必要だし、悦ばしいことだと思っている(物書きとして、時たま幼少期を振り返る時には、この知識や経験が邪魔をするのだが)。

しかし、知ることによって、どれほど我々は失ったのだろう。

世界のあざやかさ、日々に潜む新たな発見、他愛ない喜び、他人へのやさしさ、慈しみ、素直さ、etc.

幼児退行を勧めているのではない。
況や、反知性主義を勧めているわけではない。

ただし、こんな眠れない夜には、知ることによって失った物事に、少しくらい思いを馳せてもいいと思うのだ。

ああ、大人になることの苦しみを書き損ねた。
深夜なので、また機会を改めるとしよう。